大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1854号 判決 1961年11月30日

控訴人(被告) 東京都知事

被控訴人(原告) 岸巖

主文

本件控訴を棄却する。

控訴審での訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決の敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は左記のほかは原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(証拠省略)

理由

左記の事実は当事者間に争がない。

東京都港区芝白金三光町二百六十二番地の一の宅地七百七十六坪五合六勺(以下本件土地という)は被控訴人の所有であるところ、右土地のうち東側の一隅八十二坪七合(以下本件収用地という)が控訴人を起業者として、昭和三十一年四月二十三日事業認定の告示、同年十一月二十六日土地細目の公告がなされた東京都市計画街路事業(環状街路四号)のため収用されることとなつた。右収用に伴う損失補償については、当事者間に協議が調わなかつたので、控訴人から東京都収用委員会に裁決の申請がなされたところ、同委員会は昭和三十三年七月十日その損失補償額を金四百八十四万三千百三十六円(内訳土地補償金三百三十万八千円、物件移転料等金百五十三万五千百三十六円)と決定し、残地六百九十三坪八合六勺(以下本件残地という)に対しては収用により地価の減少が認められないから残地補償の必要がない旨の裁決をなし同年同月十二日右裁決書の正本が被控訴人に送達された。

被控訴人は上記収用により本件土地は東側の一角を三角形に剪除された結果宅地としての配置均衡が破壊され、残地の利用価値が著しく低下し、その価格が減少したから、収用前の評価額を一坪当り金四万円として、その一割五分に相当する金四百十六万三千百六十円の残地補償をなすべきであると、主張するので判断する。

各その成立について争のない甲第二号証、同第三号証の一、二、原審での鑑定人米田敬一の鑑定、当審での鑑定人立花寛の鑑定の各結果及び原審での被控訴人本人尋問の結果(但し甲第二号証を除くその余のうち後記採用しない部分を除く)を綜合すると、次の事実が認められる。すなわち、

本件土地は被控訴人の居住宅地であつて、都電白金台町停留所の北東約二百五十米の高台にある閑静な高級住宅地帯に位置し、その北西側の一片は隣地宅地に接し、北東、南東、南西の三片を道路で囲まれた略正方形に近い形状をなし、中央のやや北側寄りに南面して本屋と離れ座敷を建築し、その周辺を築山、泉水、樹木、庭石、灯籠等を配置した純日本式の庭園とする、土地と建物とが一体となり美的調和均衡の保たれた宅地である(本件土地の形状がほぼ正方形で建物と庭園を配した被控訴人の居住宅地であることは当事者間に争がない。)そうであるところ、本件収用地は本件土地の東隅ほぼ三角形をなす一劃で(この点も当事者間に争がない)、一部表庭園の東端及び離れ座敷の敷地を含むほか従来物干場、物置等に使用されていた部分であるが、その底辺において本件土地の南東辺のほぼ中央より北東辺の南方約三分の一余の地点に至る間を、約十三間余に亘つて切断することとなつたため、本件残地はその地形が不整形な五角形の土地に変形したほか、上記認定のような善美をつくした庭園設備を有する邸宅としての綜合的な均衡が破壊され、また東側が環状四号道路に面することとなつたため、交通量の増加による騒音、ぢん埃等に災いされ、高級住宅地としての閑静、清浄等の利点を失い、これらの悪条件によつて従前に比しその利用価値が相当程度低下するに至つた。

甲第一号証中の記載によつては以上の認定を覆えし得ないし、他に右認定を左右し得る証拠はない。

上記認定の本件残地の利用価値の減少は、残地の価格の減少の要因となり、必然的にその交換価値の減少をきたすものと解するを相当とし、みぎは本件収用地の収用によつて残地に生じた損失であるから、起業者である控訴人は右損失を補償しなければならない。

もつとも前掲甲第三号証の二、原審での鑑定人米田敬一、当審での鑑定人立花寛の鑑定の各結果中には都市計画道路の開設によつて本件残地特に表地部分の交換価値は却て増加した旨の部分があるけれども、右都市計画道路の開設によつて残地に生ずる利益はいわゆる起業利益に該当し、土地収用法第九十条は、残地について生ずる起業利益を収用によつて生じた損失と相殺することはこれを禁止しているのであるから、収用による残地の損失の判定については右のような起業利益を斟酌することは許されないものと解するを相当とする。従つて右書証及び鑑定の各結果中右の部分は採用することができない。よつて、損失の数額について判断する。

その成立に争のない甲第一号証によれば本件収用地の土地補償についてはその価格を一坪当り金四万円として算出したことが認められ、右価格については被控訴人も認めるところである。前掲甲第三号証の一、当審での証人立花寛の証言及び鑑定人立花寛の鑑定の結果(但し、いずれも後記採用しない部分を除く)を綜合すると、一団の土地の坪当りの価格を算定するについては、その表地部分と裏地部分の格差に従い、これを平均して算出すべきものであつて、本件収用地は幅員四間の二方道路に面するほぼ正方形の土地の東隅の角地であつて、本件土地中最も優位の場所を占め、その形状を斟酌しても本件収用地を含む表地部分と裏地部分とでは十五パーセントの価格差を認めるのを相当とし、裁決当時における本件収用地部分の一坪当りの価格を金四万円として、上記格差によつて本件土地の表地及び裏地の価格を算出、平均すると、原形地七百七十六坪五合六勺の適正価格は一坪当り金三万四千円となるところ、上記認定の本件収用地の収用による利用価値の減少によつて本件残地の価格は、右適正価格より一坪当り十二パーセントの減価を生ずることが認められ、本件残地の面積六百九十三坪八合六勺に右一坪当りの価格金三万四千円と、減価率十二パーセントを乗じて得た金額が金二百八十三万九百四十八円八十銭となることは算数上明らかであるから、右金額が本件収用によつて本件残地に生じた損害となる。

甲第三号証の一、二、原審並びに当審証人米田敬一、当審証人立花寛の各証言、原審での鑑定人米田敬一、当審での鑑定人立花寛の各鑑定及び原審での被控訴人本人尋問の各結果中右認定に反する部分は上段説示の理由により採用することができないし、他に叙上の認定を動かし得る証拠はない。

それならば、以上と判断認定を異にし、被控訴人の本訴請求中金二百八万千五百八十円とこれに対する昭和三十年十月二十八日以降完済まで年五分の割合による損害金の請求を認容し、その余の請求を棄却した原判決は上記認定の範囲における請求を棄却した限度において失当であるが、被控訴人から控訴及び附帯控訴申立のない本件では、原判決を控訴人の不利益に変更することはできないから、結局本件控訴は理由がないものとして、民事訴訟法第三百八十四条第二項によりこれを棄却することとし、控訴審での訴訟費用の負担については同法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 杉山孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例